大判例

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札幌高等裁判所 昭和56年(ネ)250号 判決 1983年3月29日

控訴人

平山進

控訴人

蝦名保

右両名訴訟代理人

山崎俊彦

上田文雄

被控訴人

大五タクシー株式会社

右代表者

大和良二

右訴訟代理人

岩澤誠

田中正人

主文

控訴人らの本件控訴及び予備的請求をいずれも棄却する。

控訴費用(当審における予備的請求に関する分を含む)は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人は控訴人平山に対し、金二九万円、同蝦名に対し、金一七万円及び右各金員に対する昭和五五年二月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示中控訴人らと被控訴人に関する部分と同一であるから、これを引用する。

(付加、訂正)

原判決二枚目裏七行目の「同年」を「昭和五四年」に、同九、一〇行目の「労働協定、労使間協定の存在は否認する。」を「労働協約あるいは労使間協定は存在しなかつた。」にそれぞれ改め、同三枚目裏二行目の「甲第一号証の一ないし三」の次に「(昭和五四年一二月二五日に昭和五四年度冬期賞与の労使間の妥決内容について組合側が組合掲示板に掲示したものを撮影した写真である。)」を加え、同四枚目表八、九行目の「甲号各証の成立は」を「甲第一号証の一ないし三が控訴人ら主張のとおりの写真であることは」に改める。(控訴人らの当審における予備的請求原因)

1  被控訴人と控訴人らの関係は、使用者と労働者との関係にあつたところ、前者は後者に対し、労務に関し、生命及び健康を害しないように配慮すべき義務を負つている他、後者の財産上の損害をかけるべきではない信義則上または労働契約上の義務を負つている。

2  控訴人らが被控訴人に対して請求している本訴請求は、法的に賃金の性格を有するものであり、控訴人らが労務に関して取得した権利である。かりに、右権利が金額の確定する間は潜在的請求権であるとしても、その顕在化を求める請求は右潜在的請求権に当然伴う権利であり、控訴人らの被控訴人に対する財産上の権利である。賃金請求権に顕在化を求める請求権を含めないならば、賃金請求権はいつまでも潜在的権利として具体化できず、法が権利として認めたものが、永久に画餅と化すからである。いわば、右顕在化を求める請求をめぐつて控訴人らは被控訴人に対し財産上の権利を有し、被控訴人は控訴人らに対し、財産上の義務を負つている。

3  しかるに、被控訴人は、同社の他の従業員の賞与が確定した昭和五四年一二月一八日以来一貫して、控訴人らの右顕在化を求める請求を拒否し、その財産上の権利を侵害し続けた。特に、控訴人ら代理人弁護士山崎俊彦からの昭和五五年一月一一日送達にかかる催告を無視し、原審における裁判所からの勧告を拒否し、その和解に応じる意思を法廷において、事実上表明した被控訴人の訴訟代理人を審理途中で交代させ、控訴審においても承諾をしない態度は違法である。

4  控訴人らは被控訴人の右違法な態度により、潜在的請求権の顕在化を求める権利、もしくは端的に賃金請求権を事実上侵害されたままであり、控訴人平山は金二九万円、同蝦名は金一七万円相当の損害を被つている。右金額は被控訴人の昭和五四年度冬季賞与率に基づくものであるが、賞与対象期間をすべて稼働した控訴人らにおいて他の従業員と賞与率において差を設けられるべき合理的理由はなく、右賞与率に基づいて算出された金額がすべて損害金と看做されるべきである。

5  よつて、被控訴人は、信義則上または労働契約上の債務不履行に基づき、もしくは、権利侵害に対する不法行為として、控訴人平山に対し、金二九万円、同蝦名に対し、金一七万円の損害賠償義務を負つているので予備的請求(当審における新請求)として、被控訴人に対し、控訴人平山は金二九万円、同蝦名は金一七万円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年二月二〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求原因に対する認否)

1 予備的請求原因第1項の事実のうち、控訴人らはいずれも昭和五三年一一月末日以前に退職しており、被控訴人と労働者、使用者との関係にはなかつた。

2 同第2項ないし第5項の主張はすべて争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一主位的請求についての判断

当裁判所も控訴人らの主位的請求は当審における新たな証拠調べの結果を斟酌しても失当として棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり付加、訂正、削除するほかは原判決理由一ないし三(原判決四枚目表一一行目から同七枚目表一二行目まで)中控訴人らと被控訴人に関する部分と同一であるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表一二行目の「ない。」と「弁論」の間に「当審における控訴人平山進本人尋問の結果及び」を加え、同裏一、二行目の「以前に退職したことにあると解される」を「の前に退職したことにあると認められる」と改める。

2  原判決四枚目裏五行目の「弁論の全趣旨」から同六行目の「によれば」までを次のとおり改める。

「<証拠>によれば、被控訴人においては、昭和四六年頃から毎年六月と一二月に被控訴人とその労働組合との間で、賞与の受給資格者(基本的には被控訴人に約一年以上在籍した者)、賞与の支給額(各労働者の稼働売上も考慮して決定している)及び支給時期等について協定を結び、被控訴人は、右協定に基づき実際上支給日現在の在籍者に対してのみ賞与を支給してきたこと、控訴人らも在籍中は毎年六月と一二月には賞与の支払を受けており、従前の支給状況からみて控訴人らにおいても、退職時において、支給額や支給日は未確定ではあるものの控訴人らが支給日までに退職さえしなければ本件協定により賞与の支給が受けられることを予測できたこと」

3  原判決五枚目表一行目の「ことが認められる」から、同末行までを次のとおり改める。

「が、被控訴人は、おおむね従前と同様被控訴人に約一年以上在籍した者に対しては賞与を支給することを前提として被控訴人の労働組合と本件協定を結んでおり、右協定に基づいて支給日現在の在籍者に限つて賞与を支給していることが認められ、右認定に反するかのごとき当審における控訴人平山進本人の供述は前掲各証拠に照らして信用できない。なお、<証拠>によれば、被控訴人においては、昭和五五年度以降も毎年六月と一二月に前記と同様に被控訴人の労働組合との間で賞与受給資格者、賞与の支給額及び支給時期等について協定を結び被控訴人は右協定に基づき支給日現在の在籍者に限つて賞与を支給しており、また昭和五七年一二月現在の札幌市内のハイヤー、タクシー会社五七社のうち、支給日現在の在籍者に限つて賞与を支給している会社は五五社で、他の二社は特に賞与という名目での支給はしていないが定期給与の中に含めて支給していること、本件訴訟(原審分を含めて)以外に支給日現在の在籍者でない者からの賞与支給が問題となつたことがないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二以上の事実をもとにして考えてみるに、被控訴人は、賞与は、賃金またはその一部ではなく、被控訴人が従業員に対して支払う恩恵的な給付である、と主張するが、前記認定のとおり、控訴人らにおいては、昭和四六年頃から被控訴人の労働組合との間で結ばれた協定に基づき毎年六月と一二月に賞与が支給されており、本件賞与の支給根拠も労働協約である本件協定であること、支給額が各労働者の稼働売上に基づいて決定されるものであること及び労働基準法二四条二項の規定の趣旨から判断すると、被控訴人における賞与は、従業員にとつては、単なる被控訴人の恩恵または任意に支給される金員ではなく、本質としては、被控訴人が労働者たる従業員に対し労働の対価として支払うべき賃金の一種であることは否定し得ないものである。それゆえ労働者は、その金額及び支給時期が確定した場合にはその支払を権利として請求することができることはいうまでもない。

だが、賞与は、本質的に賃金であるとはいつても、当然には賃金請求権として権利を行使することができるほどに確定的なものではなく、いわば内容的に流動的なものであつて抽象的、潜在的ともいえるものであり労働協約の締結によつてはじめてその内容が確定し具体化するという特殊な性質を有する賃金であり、したがつて、具体的な賞与請求権を行使することができる者の範囲ないし基準も右労働協約によつて確定することになるべきもので、たまたま賞与の対象となる労働期間の全部または一部の期間在籍したからといつて、当然に、確定的に賞与を請求することができるというわけではない(一般職の給与に関する法律一九条ノ三、一九条ノ四参照)。また受給権者を労働協約によつて定めることができるとすることにより、場合によつては(その賞与額ともからみ)労働者の権利を拡張することが可能となるし、また本件協約の如く、支給日を在籍者に限定することも労働能力の向上ないしその意欲の確保という見地からみれば、妥当な面を有し、合理性を有するものである。要するに、賞与の受給権者を労働協約によつて確定することができるとしても、労働者の保護を薄くすることにはならないのである。

以上のように考えてみると、被控訴人がその労働組合との間で、賞与の受給資格者を支給日現在の在籍者に限る、と定めた本件協定は必ずしも合理性を欠くものであるということはできない(なお、最高裁昭和五七年一〇月七日第一小法廷判決、判例時報一〇六一号一一八頁参照)。

したがつて、支給日に在籍していない控訴人らの主位的請求はこの点においてすでに前提を欠くものである。」

4 原判決五枚目裏一行目の「ところで」を「のみならず、控訴人らの主位的請求は次の点からも理由がない。すなわち、」と改める。

5 原判決五枚目裏七行目の「あろう。」を「ある。」に、同六枚目表二行目の「難しい。」を「できない。」にそれぞれ改め、同表一一行目の「(原告ら」から同裏四行目の「解されない。)」まで及び同裏五、六行目の「であろう」を削除する。

二当審における予備的請求についての判断

控訴人らは、被控訴人に対し、本件賞与の受給権を有しているにもかかわらず、被控訴人が控訴人らの右請求を拒否し、本件賞与の支払を拒絶していることは控訴人らに対する信義則上または労働契約上の債務不履行もしくは不法行為であるから、被控訴人は控訴人らに対し控訴人ら主張の損害を賠償する義務がある旨主張する。

しかし、控訴人らが被控訴人に対し、本件賞与の受給権を有しないものであることは前記説示のとおりであり、被控訴人が、控訴人らの本件賞与の受給権の顕在化を求めることに応じなければならない法律上の義務の存したことは認められないから、これを前提とする控訴人らの当審における予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、失当として排斥を免れない。

三よつて、控訴人らの主位的請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法三八四条一項により本件控訴をいずれも棄却し、控訴人らの当審における予備的請求(新請求)も理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(奈良次郎 澁川滿 喜如嘉貢)

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